第七話 B社

職業訓練も後半に差し掛かってくると、
終わった後の仕事について考えなければいけません。
 
どうしようかなーなんて、転職サイトを見ていると、
 
B社の求人を発見。
 
うちから通いやすく、前から興味があったカテゴリーの仕事。
かつクライアントの関係で英語も必要。
 
面接に行くと、小さいながらキレイなオフィス、ひとのよさそうな上司で、
採用されてすぐに決めました。
 
私の仕事はそこにいる職人たちのスケジュール管理、
クライアントの調整など営業業務。
 
そう。私は職人ではない。
 
しかし、そこは職人が師匠のもとで学ばせていただく、
というスタンス満点の職場…いや工房!?
 
まるで伝統工芸の職人の工場のような。陶芸とか…全然ちがうのに。
 
毎朝、下っ端職人たちは一番に師匠のもとへ行き挨拶。
 
残業なんていう考え方はなく、
師匠にOKがもらえるものを作れるまでがその日の仕事。
 
年間カレンダーなんて考え方はなくて、
仕事が終わった次の日からが年末年始休暇。
実家に帰る予定すら立てられない。
 
私ですら半年くらいしかいなかったのですが、
その間にメンタルを病んで辞める人、来た日の翌日から二度と現れない人、
いっぱい見てきました。
 
それでも半年続けられた理由は、担当クライアントがとても理解のある、
仕事のやりやすい方々だったからです。
 
繰り返しますが、私は職人ではありません。
 
だから、営業の仕事が終われば私にできることはなく、普通に帰っていました。
それでも早くて21時とか、遅ければもちろん終電。
 
ある日、師匠とNo.2からお呼び出し。
「お前は周りの人がまだ仕事をしているのになんで帰るんだ」と。
 
「私の仕事は営業で、自分の仕事が終わって定時も過ぎているのに、
帰るのに理由が必要ですか」
「なにより、私は職人ではありません。営業が担当です。そのために雇われています。」
 
この件がきっかけで、私は完全に社内で孤立。
 
仲の良かった若手職人も、どんどん離れていき。
(おそらく師匠連中の影響)
 
担当クライアントとの関係がとてもよかっただけに、複雑な心境ではあったけど、
少なくともこの会社において社会人としてのキャリアを考えたときに学ぶことはない、と感じ退職することに。
 
本当に幸運なことに、当時の担当クライアントC社から、よければうちへ来てほしいとお声をかけていただき、C社へ移ることになりました。
 
私にとっては、とんでもない会社だったけど、
C社との出会いがあったのはB社のおかげなので、その点は感謝です。